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福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)396号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

社会福祉法人マルコ会

右代表者理事

竹内操治

右訴訟代理人

松永保彦

被控訴人(附帯控訴人)

株式会社十八銀行

右代表者

清島省三

右訴訟代理人

山下誠

右訴訟復代理人

古川昭尋

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人(附帯控訴人)と控訴人(附帯被控訴人)に関する部分を左のとおり変更する。

(一)  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、金四一八万三、〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年一一月一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四  本判決は第二項(一)に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人)

(一)  控訴につき、

1 原判決中控訴人勝訴部分を除きその余を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決。

(二)  附帯控訴につき、

1 本件附帯控訴を棄却する。

2 附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。

との判決。

二  被控訴人(附帯控訴人)

(一)  控訴につき、

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決。

(二)  附帯控訴につき、

1 原判決を左のとおり変更する。

2 附帯被控訴人は附帯控訴人に対し、金四一八万三、〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年一一月一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

3 附帯控訴費用は附帯被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

第二  当事者の主張

一  当事者の呼称

以下、控訴人(附帯被控訴人)を控訴人、被控訴人(附帯控訴人)を被控訴人と称する。

二  被控訴人の請求原因

(一)  主位的請求

1 訴外株式会社竹内組(以下「竹内組」という)は、昭和四九年五月二七日、控訴人宛に、(イ)金額金二七六万九、七五〇円、(ロ)同金八四万八、二五〇円、(ハ)同金五六万五、〇〇〇円、いずれも満期同年一〇月三一日、支払地・振出地とも長崎市、支払場所株式会社十八銀行本原支店、振出日同年五月二七日なる約束手形三通(以下「本件手形」という)を振り出した。

2 控訴人は、右振出日頃、本件手形を拒絶証書作成を免除して被控訴人に裏書譲渡した。その際、控訴人及び竹内組は、被控訴人の申出により、右手形の満期をいずれも昭和四九年九月三〇日に変更した。

3 しかるのち、控訴人及び竹内組の各代表者を兼ねる竹内操治は、同年九月三〇日、被控訴人との間で、本件手形の満期をいずれも同年一〇月三一日まで延期する旨合意したうえ、被控訴人本原支店の行員に対し、右手形上の満期をその旨変更することの代行を委任したので、同支店の係員がその頃右満期をいずれも同年一〇月三一日に変更した。

4 被控訴人は、本件手形を右満期に支払場所に呈示したが、いずれもその支払を拒絶されたので、現にこれを所持している。

(二)  予備的請求

1 被控訴人は、昭和四九年五月二七日、控訴人に対し、本件手形の割引名下に、金四一八万三、〇〇〇円を弁済期同年一〇月三一日の約定で貸し付けた。

2 右事実が認められないとしても、被控訴人と控訴人との間で昭和四五年八月三一日に締結された銀行取引約定書六条一項によれば、控訴人が被控訴人から手形の割引を受けた場合に、右手形の主債務者が期日にその支払をしなかつたときは、控訴人は直ちに被控訴人から右手形を同手形面記載の金額で買い戻し、代金を弁済すべき義務を負う旨定められているところ、控訴人は被控訴人から本件手形の割引を受け、竹内組は前記のとおり該手形金を満期に支払わなかつたのであるから、控訴人は、右約定に基づき、直ちに被控訴人から本件手形を同手形面記載の金額金四一八万三、〇〇〇円で買い戻し、被控訴人に対し右代金を支払うべき義務がある。

(三)  よつて、被控訴人は控訴人に対し、金四一八万三、〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和四九年一一月一日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する控訴人の認否

(一)  請求原因(一)1、2及び4の各事実は認めるが、3の事実は否認する。右満期の変更は被控訴人が変造したものである。

(二)  同(二)1の事実は否認し、2の事実は認める。

四  控訴人の抗弁

(一)  被控訴人が本件手形金請求の訴を提起した昭和五二年一〇月二五日には、既に、本件手形の満期である昭和四九年九月三〇日から三年を経過し、被控訴人の竹内組及び控訴人に対する右手形上の請求権はいずれも消滅時効にかかつていた。控訴人は本訴において右時効を援用するが、右の如く本件手形の振出人である竹内組に対する請求権が時効により消滅したときは、被控訴人の控訴人に対する本件手形買戻請求権も行使することができないと解すべきである。

(二)  右主張が容れられないとしても、手形買戻請求権は商行為によつて生じた債権であるから、五年間これを行わないときは消滅時効にかかると解すべきであるところ、被控訴人が本件手形買戻請求権を行使した昭和五五年五月二九日には、既に、これを行使し得た昭和四九年一〇月三一日から五年を経過し、本件手形買戻請求権は消滅時効にかかつていた。控訴人は本訴において右時効を援用する。

五  抗弁に対する被控訴人の認否

(一)  抗弁(一)のうち、本訴提起の日が昭和五二年一〇月二五日であることは認めるが、その余は争う。

(二)  同(二)のうち、被控訴人が控訴人に対し、本件手形買戻請求権を昭和四九年一〇月三一日以後行使し得たにも拘らず、昭和五五年五月二九日に至りこれを本訴の請求原因として主張したことは認めるが、その余は争う。

六  被控訴人の再抗弁

(一)  割引手形の買戻請求権は手形上の権利を基本的権利として派生し、両者が密接に関連するものであることはいうまでもないから、被控訴人が本件手形金請求の訴を提起した時に、本件手形買戻請求権の消滅時効も中断したものというべきである。

右主張が容れられないとしても、被控訴人は昭和五三年六月七日付準備書面において、本件手形の割引を前提として手形金額に相当する貸金請求の予備的主張を追加した。手形買戻請求権はまさに手形割引時の合意により直接派生する権利であるから、右貸金請求により本件手形の買戻請求権の消滅時効も中断したといえる。

(二)  仮に、右主張が理由なしとして排斥されるとしても、以下の如き事情に徴すれば、控訴人の本件消滅時効の援用は、いずれも信義則に違反し、権利の濫用として許されないといわなければならない。

1 竹内組と控訴人の各代表者は同一人物であり、控訴人の製造した生コンやブロックを竹内組が使用するという事業上も密接な関係にありながら、竹内組は被控訴人に対し約四、五、〇〇万円の負債を残して倒産し、そのうち約二、〇〇〇万円を弁済したに過ぎず、残りの約二、五〇〇万円については種々不当な口実をもうけてこれを支払おうとせず、控訴人は消滅時効の援用により本件債務を免れようとするのであるから、その態度は悪質である。

2 被控訴人が本訴の提起を遅らせたのは、控訴人が社会福祉法人であり、訴の提起による社会的影響を考慮したからに外ならない。また、本訴提起後、最大の争点となつたのは手形満期の変造の有無であり、更に、被控訴人は前記のとおり手形割引に基づく主張もしているのであるから、これから派生する本件手形買戻請求権の行使が遅れたことにつき特に責むべき点はない。

3 控訴人は、原審において、被控訴人の手形買戻請求権に関する主張を単に否認したに過ぎず、右主張から一年以上を経過した当審において消滅時効の援用をした。右時効の援用には正当な理由がなく、単に被控訴人を困却させる目的のみでなされたものである。

七  再抗弁に対する控訴人の認容

(一)  再抗弁(一)は争う。手形金請求権と手形買戻請求権とは訴訟物が全く別であり、両者の発生原因及び消滅時効期間も異なるから、これを同一視することはできない。

(二)  同(二)は争う。被控訴人は権利の上に眠つていたものであるが、悪質にも本件手形の満期を変造して本訴を提起した。更に、竹内組は被控訴人本原支店長代理今泉によつて、涼建設との関係で金二八七万円もの損害を負わされているし竹内組の倒産時においても、竹内マンションの売却方法にからんで被控訴人に裏切られているので、控訴人は本訴において法律上許される消滅時効の主張をしているまでである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一主位的請求について

(一)  請求原因(一)1、2及び4の各事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、右(一)3の事実が認められ〈る。〉

(二)  ところで、本件手形の裏書人である控訴人に対する被控訴人の請求権は、満期から一年をもつて消滅時効にかかるものであるところ、被控訴人が控訴人に対し本件手形金請求の訴を提起した日が昭和五二年一〇月二五日であることは当事者間に争いがないから、この時点においては、既に、本件手形の満期である昭和四九年一〇月三一日から一年を経過し、被控訴人の控訴人に対する右手形上の請求権は消滅時効にかかつていたといわなければならない。そして、控訴人が本訴において右消滅時効を援用することを信義則違反若しくは権利濫用と認めるに足る証拠はないから、被控訴人の控訴人に対する主位的請求は理由がない。

二予備的請求について

(一)  請求原因(二)1の事実についてみるに、〈証拠〉を総合すれば、控訴人は本件手形を被控訴人に対して裏書譲渡し割引金を受領したことが認められるところ、かかる手形割引の実質関係は、これを消費貸借とする旨の特約その他特段の事情のない限り、手形の売買と解するのが相当である。しかるに、本件全証拠によるも、右特段の事情を認めるに足りないので、右(二)1の事実はこれを肯認することができず、被控訴人の貸金請求は理由がない。

(二)  次に、請求原因(二)2の事実は当事者間に争いがないところ、控訴人は、本件手形の振出人である竹内組に対する請求権が時効により消滅したときは、被控訴人の控訴人に対する本件手形買戻請求権も行使することができないと解すべきである旨主張するが、本件手形買戻請求権は手形法上の債権ではなく、手形再売買に基づく代金請求権であるから、右竹内組に対する請求権が時効により消滅しても、これにより当然に消滅するものではなく、依然としてこれを行使することができると解するのが相当である。

もつとも、手形買戻請求権は商行為によつて生じた債権であるから、五年間これを行わないときは消滅時効にかかると解すべきであるところ、被控訴人が本件手形買戻請求権(代金請求権)を昭和四九年一〇月三一日以降行使し得たにも拘らず、昭和五五年五月二九日に至りこれを本訴の請求原因として主張したことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、割引手形の買戻請求権は手形上の権利を基本的権利として派生し、両者は密接に関連するものであるから、本件手形金請求の訴を提起した昭和五二年一〇月二五日に、本件手形買戻請求権の消滅時効も中断した旨主張するが、前述の如く、手形買戻請求権は、手形割引という手形行為以外の商行為を原因として発生するものであつて、手形法上の債権ではなく、手形行為に基づく手形金請求権とは、その発生原因及び法的性質を異にし、両者の間に実質的同一性若しくは密接な関連性を肯認することは困難であるから、被控訴人の右主張はたやすく採用することができない。

判旨しかしながら、本件記録によれば、被控訴人は昭和五三年六月七日付準備書面(同日の口頭弁論期日で陳述)において本件手形の割引を前提として手形金額に相当する貸金請求の予備的主張を追加したことが明らかであるところ、前述の如く、手形割引の実質関係については、手形売買と消費貸借の何れかが考えられ、当該手形不渡りの場合、割引人が割引依頼人に対して有する権利は、手形割引を手形売買とみれば手形買戻請求権であり、消費貸借とみれば貸金請求権というべきことになるから、手形買戻請求権と貸金請求権とは、手形割引という一個の発生原因に対する法的評価の相違に基づく二個の権利に過ぎず、もとより並存し得べきものではなく、両者は実質的に同一性にを有するということができる。そうだとすれば、被控訴人が本件手形割引を消費貸借とみて前記貸金請求の予備的主張を追加したことによつて、広く右手形割引を手形売買とみた場合に生ずる本件手形買戻請求権をも行使する旨の意思を表明したものと解するのを妨げないから、消滅時効の関係においては、本件手形買戻請求権は右貸金請求の時から裁判上行使されていたものと同様に取り扱うのが相当であると考えられる。

そうすると、本件手形買戻請求権の消滅時効は前記昭和五三年六月七日に中断されたものというべく、控訴人は被控訴人に対し、本件手形買戻金四一八万三、〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和四九年一一月一日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、この点に関する被控訴人の請求は理由がある。

三結論

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきであるが、附帯控訴に基づき原判決中被控訴人と控訴人に関する部分を主文第二項のとおり変更すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条前段、八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(高石博良 谷水央 足立昭二)

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